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歴史の方法

近現代日本を調べるためのブックガイド。ググらず自力で調べるのに役立つ、事典や目録などの書物を気ままに紹介していきます。

藤浪和子編『東京掃苔録』

藤浪和子編『東京掃苔録』

もとの発行は、東京名墓顕彰会、1940年。

その後1973年に八木書店から再刊、森銑三による「再刊東京掃苔録序」収載。

1982年には1940年版の複製として東京大学出版会から続日本史籍協会叢書として出版。(東大出版会は続日本史籍協会叢書のオンデマンド化を予定しているので、じきに出版されるか。

トピックス » 「日本史籍協会叢書」全192巻のオンデマンド復刊が完了:東京大学出版会

東京掃苔録 (日本史籍協会叢書 続)

東京掃苔録 (日本史籍協会叢書 続)

 

 日本人物情報大系の第57巻(学芸編17)(皓星社、2000年)にも、『京都名家墳墓録』、『名人忌辰録』、『芸文家墓所誌』とともに複製されている。

このように数度復刻されているため、未だデジタル公開なし。

 

著者の藤浪和子は、国学者物集高見の娘で青鞜社の発起人の一人(青鞜社の事務所が物集家に置かれたというのは驚き!?)。医学者の藤浪剛一と結婚し藤浪和子となる。

 

内容

著名な故人の墓所録。

著者が「昭和九年の秋から」昭和15年=1940年までに訪れた墓所

東京市各区(35区なので2015年現在とは異なる)と市外とで地域別に分け、さらに各地の寺社・霊園ごとに墓所を記す。

 

下谷区

谷中墓地(谷中天王寺町

(中略)

福地源一郎(文学者)桜痴と号す。幕府通訳官として仏英露諸国を巡り、また伊藤博文に従つて米国に、一等書記官として欧州に随行す。後年東京日々新聞社長、衆議院議員となり、歌舞伎座を千葉勝五郎に勧て創立し、自らその座主となる。頗る文才ありしかば梨園改善に勉め、自ら脚本を作りて九代目団十郎に演ぜしむ。春日局、春雨傘など傑作なり。著書には幕府衰亡論、幕末政治家、山県大弐等あり。明治三十九年一月四日歿。年六十六。温良院芳香桜痴居士。(甲種甲第一号十二側)

お寺の場合は「大森区 本門寺(池上本町一三)日蓮宗」のように宗派も書かれる。

巻末には人名索引と宗派別の寺院索引。

 

 故人を追慕し時代々々の世相にふれながら墓所を探るのは愉しい事である。偶々人が気づかなかつたのを見出した時の忝なさは、探墓を経験した人のみがしる怡びである。また此処にある筈のが失はれてゐた時などは、僅に遺る故人の忍草が根こそぎ枯れた思ひで、何物にも譬へがたない寂しさに陥るのであった。

(中略)

 人の一生は誠に尊いものである。それを僅か二三行に約めて行くのは僭越であり、人生の評判は千差万別である。

お盆の墓参りのお供に、この言葉だけでも。